「早く一緒に食べたいね!!」
そうやって笑う少女を見て俺はひどく驚いた。

















「おぅ、元気にしてやすかィ?」
「元気だったらこんな所にいないんだけどな…。」
慣れた足取りで部屋に入り少し意地悪そうに言うと予想通りの反応が返ってきた。少し離れた所にあるパイプいすを持ち上げてベットの近くで開き、そのまま腰を下ろした。
「たかが肺炎だろ。大袈裟だなァ。」
「総悟、肺炎を舐めちゃダメだよ。めちゃくちゃ苦しいんだからね!!!」
まぁそりゃ入院するくらいなんだから軽くはないんだろうけど。屯所で咳き込んで倒れた時はこの世の終わりじゃないかと思った。だけど結果は少し酷い肺炎。姉上の様だったらどうしようかと心穏やかじゃなかった俺にとっては安心を通り越してため息だった。とりあえず目が覚めたを一発殴っといた。

「総悟…さ、毎日来てるけど仕事とか大丈夫なの?土方さんに怒られてない?」
きゅっと布団の裾を握りしめて俯く。普段俺が怒られてる時は自業自得でしょーとか言ってくるくせに。狙ってんのかコノヤロー。何だかムカついたからデコピンしてやるとイタッという声と共に睨まれた。
「病人が一丁前に心配なんてすんなアホ。それに今日はお前の兄ちゃんからのお土産あるんでさァ…いる?」
「え、お兄ちゃんから?!いるいるー!」
ころころ変わる表情。昔からこいつはこんなだ。誰に対しても優しくてだから危なっかしくて放っておけない。兄弟ってのはやっぱ似るもんだと改めて思う。
「お兄ちゃんは仕事?それともストーカー?」
「…両方でさァ。」
「酷いよねぇ妹のお見舞いよりもストーカー優先しちゃうなんて。」
確かにそれは言える。とはいってもいつも夕方来てるみてェだけど。そんなことを考えながら持ってきた袋をのベッドの上でひっくり返した。
ばらばらと大量に出てくるソレを見ては驚いた様子だった。
「桃だ…!うわぁ、懐かしいなぁ!!!!」
一つ二つと手にとって顔を綻ばせる。それを見ながら俺は首を傾げた。
「…懐かしい?」
「うん。あれ、総悟覚えてない?武州にいたころのなんだけど…」
そこまで聞いてあァと思いだした。

そう、あれは俺が近藤さんに剣道を習い始めて間もないころだ。





* * * 






その頃の俺は今以上に意地っ張りで我儘だった。寺子屋に友達なんてもちろんいなかったしむしろいらないと思っていた。そーご君お父さんもお母さんもいないんだって。可哀想だよね。そう言われるのが嫌だった。
だけど近藤さんは違った。まぁ姉上は別として、だ。一人で遊んでいた俺に話しかけ一緒に遊んでくれた大人は近藤さんが初めてだった。素直にうれしかったんだ、俺は。
そんな近藤さんには俺と同い年の妹がいた。

「はじめまして、って言います!」

にっこり笑って俺に手を差し出してきた。俺はその手を握り返すことをせずに小さく沖田総悟でさァと呟いた。
は毎日道場に通う俺に毎日何かと話しかけてきたけど俺は軽く答えるだけであいつの眼を見ようとはしなかった。寺子屋の奴らとは違っては憐れんだりなんかしない。そんなのとっくに分かっているのに。あいつの笑顔が唯眩しかった。



近藤家の庭には桃の木があった。几帳面なおばさんの世話の甲斐があってなのか毎年大きな実をつけるらしい。近藤さんに誘われてその年俺は桃の収穫に参加した。
「兄さま、あそこにあります!」
「よし、採ってくれ!!」
近藤さんに肩車されたは嬉しそうに桃を摘み取っていく。その様子を縁側に座ってぼんやり眺めていた。隣には大量の桃。総悟もこっちにおいで、何度も近藤さんはそう言ってくれたけど行くことはしなかった。は不思議そうに俺を見ていた。
結局はも同じなんだと思う。いつも笑っていてもやっぱり兄を取られるのは嫌なはずだ。自分だけかまってほしいと思っているに決まってる。誰だってそうだ。俺だって姉上が他のやつと話しているのを見るのは嫌だと思うから。
そんなことを思っていた時だった。
「総悟くん。」
行き成りかけられた声に驚いて顔を上げた。目の前にはさっきまで脳内を駆け巡っていた張本人が両手いっぱいに桃を抱えて立っていた。
「…なんでィ」
「桃いっぱい取れたよ!総悟くんも一緒にとろうよ!!!」
そう言うや否や有無を言わさずに俺の手を取り近藤さんの方に走り出した。突然すぎて俺は抵抗することができず扱けそうになりながらもについて行った。俺を見た近藤さんは嬉しそうに微笑みながら俺と同時に肩車してくれた。
「総悟くん!あそこにあるよ!!」
「自分で取ればいいだろィ。」
「私じゃ届かないもん!」
そんな屁理屈を言うを一瞥して仕方がなく桃に手を伸ばした。少し力を込めた箇所がへこんで一瞬手を引いてしまう。そして今度は優しく桃に触れて木からもぎ取った。柔らかくていい匂いがした。
「おいしそうだね。」
「……そうですねィ。」
「早く一緒に食べたいね!」
は綺麗に笑った。
頬を赤らめてそう言うはまるで桃みたいだと思った。
「………おぅ」
それを見て自分の頬の筋肉が緩むのを感じた。こいつ馬鹿だろィ、独り占めすればいいのに俺なんかに笑いかけやがって。
だけど…
だけど不思議と嫌じゃなかった。











「にしても、たくさんあるね…」
並べてみたところ全部で10個。近藤さんはがこんなに食べれると思っているのだろうか。
「なんでも実家から送られてきたらしいですぜ。」
「武州から?へぇ…ねぇ、今食べない?」
机の引き出しから果物ナイフを取り出しながらはそう言う。
「勝手に食べりゃいいだろィ。」
「もう、酷いなー」
そういいながら器用な手つきで桃の皮をむいでいく。むき終わると手の上で半分に切ってその半分を俺に差し出してきた。
「くれるんですかィ?」
「当たり前じゃない。ほら、一緒に食べよ!」

  早く一緒に食べたいね!"

あの時のが重なって見えた。
何年たっても変わらないその笑みにいつ俺は惚れてしまったんだろうか。



「…どうせなら丸々がいいけど、まァいーや。」
「なにそれー!」
あいつが笑った。
俺も笑った。

桃は昔食べたものに比べて何倍も甘かった。







2009.8.1
イメージ曲:槇.原敬.之「桃」