寒さで手がかじかんだ。
木々の隙間を風が刃物のように突き抜けていくのを感じて、少しでも暖かくなるようにと掌を握った。
最後の魔法
「ねぇ、そろそろ休まない?」
そう声をかけたところでやっと前を走っていた彼は足をとめた。
私たちは今、地面から10mはあるだろう木の上にいる。昨日降った雪のせいで白く輝いている地面を通るよりも、多少は積もってはいるが雪の少ない木の上を通った方が安全だろうという彼の読みはどうやら正しかったようだ。でもだからといって、普段よりも滑りやすいそこを通るのには気力も体力も必要なわけで。私は白く吐き出された息の向こう側にいるシカマルに目を向けた。
シカマルとツーマンセルの任務は初めてだった。というか同じ任務に就くこと自体ほとんどなかった。
付き合い始めて3カ月。人はこの時期を停滞期と呼ぶ…らしい。しかしその言葉は私たちには明らかに不似合い…というか無縁だった。だって、そこまでの関係にまで達していないから。
お互い忍びという職業についていて、しかもお互い中忍。それぞれに山ほど仕事が回ってきて、正直いえばそれをこなすのに精一杯。まぁ遠まわしに言えばこんなだけど、簡単にいえば付き合ってからキスはもちろん、デートだってしたことがない。別にそれが不満、とかそういうことはないんだけど…もしかしたら好かれてないのかなぁとか、不安にはなる訳で。
好きだといわれた時、すごく嬉しかった。だけどそれ以来何もないなんて…というかいつも通りすぎてもしかして夢だったのかと思うことも度々あった。でもあの性格だしなぁ、そういう彼氏彼女の当たり前の行為が面倒だと思っているんだと思う…というかそう思っていると信じたい。
(というか本当に夢で、私が勝手に付き合ってると思ってるだけだったらどうしよう…恥ずかしすぎるでしょ)
口から零れ落ちそうになったため息をなんとか留めた。
シカマルがじっと私を見ていたからだ。
「里まで目と鼻の先だろ。さっさと帰ろうぜ、面倒だし…」
しっかりと首から口にかけて巻いていたマフラーを少しずらしながらそういうシカマルは明らかに面倒だと顔に書いてあった。
確かにね…。
確かにあともう少し走れば里が見えてくるだろう。
走りにくい道だけどばてるほど疲れている訳でもない。こんなのでばてたら忍者なんてやっていられない。
だけど、
(少しでも一緒にいたいって気持ち、分かってくれてもいいのに…)
まぁ分かってくれるような正確だったらこの3カ月苦労しなかったんだけどね。
というか面倒って言うのは私と一緒にいることが、だろうか。そうだとすると少し…いや、かなりへこむんだけど。
「おい、そんな疲れたのかよ?」
「う、うわっ」
いつの間にか目の前にあったシカマルの顔に思わず仰け反った。
待て待て待て。いきなりそんな度アップはちょっと。ハードル高いでしょ。
今までキスの一つでもしていれば話は別なんだろうけど、したことないし。しかもその顔は大好きな人、シカマルだし。
動揺するのは仕方がないんです。そしてもう一つ、雪のせいで滑りやすくなった足元もいけなかった。
「わっ、」
「あ、おい!!」
仰け反った拍子につるりと足を滑らせて、私は重力に逆らうことなく気から真っ逆様に落ちていった。シカマルも慌てたように手を伸ばしていたけれど、拳一つ分間に合わなくてただ空を切っただけだった。
「い、いたたた…」
ボスンという少し間抜けな音を立てて私は冷たい雪の上に落下した。雪がクッションとなって多少衝撃は和らいだらしく、言うほど痛みは感じない。でも落ちたのはお前のせいなんだぞと意味もなく雪を睨みつけてみた。
「!!」
ザッと音を立てながらシカマルが遅れて降りてきた。私のようにお尻から、ではなくてちゃんと足を地面につけて。恥ずかしいと同時に、ちょっと悔しくなったのは内緒だ。
「大丈夫か、お前。」
俯いている(正確にいえば雪を睨みつけている)私をみて不安になったのだろうか。その声は先ほどよりも陰っていた。
「う、うん…ごめん。」
何となく顔を合わせ辛くて、微妙に目線を反らしながら答える。
「……あ、」
「あ?」
目を反らした先、ふと目に付いたその場所は雪が溶けかけていて、茶色の土が顔を出していた。
それは私の座り込んでいる場所のすぐ隣で、もしかして…そんな感情が湧きあがって少し硬くなっていた雪の塊を手でよけた。
「何してんだお前…」
私の行動を不審に思ったのだろう、後ろから面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「シカマル、見て!」
まるで宝物を見つけた犬のようだ。そう思いながらも身体をずらすと、シカマルも覗き込むようにそれを見る。
「…フキノトウ?」
白い草原に小さく芽生えた、春の訪れを告げる緑の光。
毎年この植物を見るたびにどこか心が温かくなるのを感じていた。
「もう冬も終わりなんだね。」
いつまでも寒いと思っていたけれど、それもどうやら終わりが近づいているらしい。人間には分からないけれど、植物にはきっとそれが分かるのだ。
「…チョウジが見たら、食いそうだな。」
「第一声がそれって……ふふ、でもそうかも。」
「だろ?」
想像することができるのがすごいところというか…。でも絶対これだけじゃ足りない―!とか言うんだろうなぁ。
「言っとくけど…持って帰らないからね。」
「分かってるよ、んなこと。」
その声と共に、ぐいっと腕を引っ張られた。
「怪我は…してねぇみたいだな。」
「……う、うん。」
び、びっくりした……。
いきなりってところもあるけれど、それよりも引っ張られて軽々と持ちあがる身体と、シカマルのその力にも。お世辞にもそんなに軽い身体じゃないから(そもそも忍だから筋肉あるし…っていい訳かこれは)こんなに簡単に持ち上がるもんだと思っていなかった。細い身体なのに意外と力あるんだなぁと隣を見ながら考える。
するとふと視線が絡まってなんだか恥ずかしくなった。
そういえば二人きりになるのっていつ以来だろう。任務の時はそっちに集中していてあまり考えてなかったけれど、よくよく考えたら告白された時以来ではないだろうか。そこまで考えたら、なんだか余計恥ずかしくなって顔の温度が上昇した。
いまさら何を。この一週間一緒に過ごしたはずなのに。
気付かれないように顔を下に向けた。そこにあるのは先ほどのフキノトウで、なんだか「俺は見てるぞ」と言われているような気がして更に恥ずかしくなった。
「やっとかよ……」
ため息をつくような呟きが聞こえてきて首をかしげた。
「え、何が…?」
目線を合わせるのはまだ躊躇われて、やはり微妙に反らしてしまう。きっとシカマルはそんな私を見て眉間にしわを寄せているんだろうなとぼんやり考えた。
「俺はこの一週間ずっと意識してたのによ…。」
「へっ?」
予想外の返答に素っ頓狂な声が出た。
意識って…何を?
わ、私を?
がしがしと、シカマルは頭をかくと空を仰いだ。
「なのにお前は任務没頭中で俺には見向きもしねーし…。」
「ちょ、ちょっと待って!!!」
ぐるぐると回る思考回路に頭がオーバーヒートしそうだ、というかしている。落ち着こうと深呼吸を2回繰り返した。
とりあえず、
「夢…じゃなかった、ってことだよね?」
「はぁ?」
「あ、いや、なんでもない。こっちの話…それより眉間のしわ深くなってるよ。」
「誰のせいだ、誰の。」
そんなやり取りがなんだか心地よくて、思わず笑みがこぼれた。そうするとうるせぇと軽く頭を叩かれた。どうやら照れ隠しらしい。
あぁこれが私たちの恋の形なのかもしれない。
柔らかくて優しいこの空気をひどく好きだと感じた。
シカマルは気を取り直すかのように頭をかいた。
「さてと、少しは休めただろ。さっさと帰るぞ。」
「あ、うん。」
先ほどとのギャップを感じて苦笑いしたかったが、まだ任務中だと私も気を引き締めた。
「んでさっさと報告して終わらすから…」
「うん?」
「一緒に…晩飯でも食いに行かねぇか?」
いけない。
気を引き締めたはずなのに、どうしても頬の筋肉がゆるんでしまう。
だけどそれは私だけじゃないはずだ。
何故なら、
「あ……うんっ!!」
前を向いているけれど微かに見えた口元が弧を描いていたから。
駆け出す彼の背が遠くならないよう地面を蹴った。
少しだけ近付けた、そんな冬の終わりの物語…。
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「winterer」様へ提出したもの。
最後の魔法ということで最初は切ない系にしようと思ったけれど、逆を突こうと甘いのにしてみました。
そして何故かシカマル…初書きのものを企画に提出するなんて…
最近私の中で株が急上昇中です。格好いいよシカマル。
でもカカシ先生もすごく好きです。
ではここまで読んで下さりありがとうございました。
2010.2.28