────己の心に他人を住まわすと、どうしてこんなにももどかしい想いに駆けられるのだろう。どうしてこんなにも、近くのモノが遠く、手の届かない存在のように感じてしまうんだろう。どうしてこんなにも……相手のことで頭がパンクしそうなくらい、思考を続けてしまうんだろう。上空へと投げ放ったボールが、数秒後、見事手のひらに舞い戻ってくるように。引っ張り続けたゴムが、手を離したら元の状態になるように。海岸に打ち寄せてきた波が、再び沖の方へと帰っていくみたいに。繰り返し……繰り返し。







「──それでなー」
「うん」







《カアッ カアッ カアッ》────夕暮れ、遥か空の上。ダークレッドに包まれたそれを背景として、都会ではさして珍しくもない、群がって飛ぶ何羽かのカラスが、そんな「自分は此処に居る」と主張しているかのようなお決まりの鳴き声を大きく、大きく上げながら、おそらくもう1回と羽ばたかせたときの反動で抜けてしまった黒々しい羽根を、人工物であるアスファルトの上に1枚、落としていった。そして、その真っ平らな顔したコンクリートには、その羽根と同じくらい動きのない黒を纏った影が映っている。肩を並べて、でもお互い一定の距離を保っている、あたしと山本の影が────これは別に変わった出来事じゃない。もっと直球に述べてしまうなら、これは昔からのことで……そう、あたしと山本の関係は、世間一般で言うところの『幼馴染』ってやつだ。小さい頃から両親の、と言うより父親同士の仲が良かったせいか何かと一緒に居たりして、過ぎゆく時間を共有することが多かった。いや、多い、と言ったほうが適切だろう。なぜなら現に今……つい数分前に通り過ぎた曲がり角でツナと獄寺と別れてからと云うもの、幼少期から変わらずに彼と2人きりの帰り道を歩んでいるから。そしてそんなありきたりな風景の中で幼馴染は、友人のこと、部活でのことなどをとても楽しそうに話す。それに対しあたしは、一生懸命に耳を傾けて、節々で相槌を打ったりしている……これもまた常と化してしまったことだ。────これらのことは全然嫌じゃない。決して嫌悪を抱くとか、そういう部類じゃないの。むしろその逆で……でも、最近は……そこまで考えてあたしは、視線を前方の、いかにも住宅街って景色じゃなくて、足元の、実物よりも背が高くてほっそりとしている、そして2人の距離が日が傾いたせいか何なのか、先程よりも微妙に広がってしまっている影に向けた。







(……もし、幼馴染じゃなかったら)







「いやー、あれには参ったぜ!」……そう何時もの爽やかな口調で告げるのを耳にしながらあたしは、自身の心の中でゆっくりと1回、そんな言葉を呪文のように唱えた────でも最近は、この状況が少し悲しいよ。少し……辛いよ。だってこれは所詮『幼馴染』だから成り立ってるんだもん……そう思って、再び現在進行形で隣を歩いている『幼馴染』の顔を……いや、あたしにとっては同時に『好きな人』でもあるその横顔を見つめた。────もう分かったと思うけどあたしは、この能天気な野球少年を(獄寺に言わせたら『野球バカ』だけど)恋愛対象として捕らえてしまっているんだ。どうして、だとか、何がキッカケでとか、そんな難しい話は分からない。きっと簡潔な言葉やはっきりした台詞では言い表せないだろうし、きっとキッカケなんて些細なことか積み重なった日々によるものだろうから。けれど……何時の間にやら生じてしまった変化に、あたしは間違いなく苦しんでいる。────いっそのこと、素直に彼に想いを伝えてしまえば楽になれるのかもしれない。そう考えたこともあった。でも、そうしたら今ある関係は?こうした昔からあった日常は?……言うまでもなく崩れ去ることになる。2度とこの関係に戻れないって知ってるんだ。だから、それを実行に移すことは出来なくて……要は自分が可愛いから。変化を恐れているから。もし告白したとして、受け入れられなかったとき突き放されるのが辛いからなんだ。────もし、もし山本とあたしが幼馴染じゃなかったら。父親同士が他人で、幼い頃に交わりが無かったとしたら。ただのクラスメートとして出会っていたのならば。こうした負の感情に襲われることもなかったんだろうか。心のままに、行動することが出来たんだろうか。今頃、あの手を握れてたんだろうか。今頃、1歩先の未来に進めてたんだろうか……。







「……?どした?大丈夫か?」
「……え?」







────と、そんなことに思い耽っていたからだろう。呼びかける声にはっとして状況に意識をやれば、さっきまで肩を並べていた筈の山本と5m程離れたところであたしは立ち止まっていたことが分かって……うわ、何してるんだろう、あたし。幾ら悩んでたからって、幾ら矛盾を頭の中一杯に蔓延らせて葛藤してたからって、こんなことしてるなんて……きっと、ううん、絶対変だと思われたよね。どうしよう、どうやって言い訳しよう……(いや、ちょっとばっかり足痛くてさー、とか、鞄持ち直してただけだよー、とか?……いやいや、そんな見え透いた嘘通じるわけないじゃん、あたし!)と、少しばかり混乱していると、何を思ったのか山本は、ほんのちょっとだけこっちに向いていた身体を、完全にあたしに向き合うように回転させてきて、







「なー、
「……な、なに?」
「ずっと言おうと想ってたんだけどさ」







そう言いながら夕日に照らされている表情は、真剣そのもので────何を、何を言おうとしてるんだろう、山本は。こんな顔、今まで一度だって見たことないよ。一度だって、覗かせたことなかったの……さっきまできちんとした距離があった、夕焼け空を泳いでいるカラスの鳴き声が今はとても遠くに感じる。立ち止まったままのあたしの影も、何故だか酷く揺らいで見えた。……どうしよう、この後一体どうなるんだろう────そう、未知なるこの先に不安を抱いていたら。何時の間にか縮まっていたんだろうか、次の瞬間、山本とあたしの影法師は重なって……山本に抱き締められて、







「好きだぜ、。勿論、幼馴染の意味じゃなくて!」



















「……あ、あたしも」







そう勇気を出して言ったら、地面に伸びた影法師は無表情な黒から優しく包み込むようなそれに変わった。







(タイミングなんて、何時も突然やってくる)2009,04.26◆Yui







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