『ヒバリさん、さっき任務終わって今から家に帰るって言ってたよ』
────そんなメールが着て、少なからず2時間は経ったのに。
「……くしゅっ」
ひゅうぅっ────急にやって来た北からの、この時期にしてはひんやりと冷たい風に身を震わされて、そんなくしゃみを1つ、今居るこの水面に波紋が全く立っていないような静かな場所……家の玄関の、端の方に設けられた靴箱に寄り添うようにして体育座りをしながら零してしまった。────もうこうし始めてから既に2時間は経過してるのに。あのメール……中学からの友人で、現在はマフィアボンゴレの10代目ボスの座に就いている沢田綱吉君からのメールを読んでから。ボンゴレの雲の守護者として、またあるときは風紀財団の委員長として動き回っている同居人兼恋人である雲雀恭弥はとても多忙で、ゆっくりと一緒に居られないどころかここ3日間は家にすら戻ってきてなくて。だから今日ももしかして帰ってこれないのかなぁと、今では慣れてしまった1人きりの夕飯を取りながら想っていた。ら、丁度その時、そのメールが送られてきて……ツナ君だって忙しいのに、わざわざこんなことして貰っちゃって悪いなぁ。別に頼んだわけじゃないんだけど、勿論嬉しい気持ちもあるんだけど……今度、今度何かお礼しよう、絶対!────と、まぁそんなことはさておき。こんな状態になってからかなりの時間が費やされてるのは間違いなくて。……どうしたんだろう、どこか寄り道でもしてるのかなぁ。それとも……ううんっ、大丈夫だよね。だって恭弥は強いもん。だからそんなことは……今、ふと私が考えてしまったことが起こってたりするはずがないよ。でも、なら何でこんなに遅いんだろう。何時もだったら真っ直ぐ帰宅してくれるのになぁ。……その事実が否が上にも私の不安を駆り立てて。
「恭弥、遅いなぁ……」
I'm home,
My Sweet Home
「……?」
与えられた任務を終わらせてから実に3時間ほど後。僕は漸くあたたかな場所へと帰宅することが出来た。……本当はもっと早く帰ってくるはずだったんだけどな。まさかあれを取ってくるのにこんなに時間が掛かるなんて想わなかったよ。すぐ終了するとばかり踏んでたのに────ああ、そういえばあの小憎たらしいことこの上ないボンゴレ10代目・沢田綱吉が、屋敷を出る前「今、ちゃんにメールしておきましたよ」と笑いながら言ってたっけ。何なの本当。余計なお世話だよ。僕、別に頼んで無いんだけど。なのに、何でそんなことするのさ。ボンゴレのボスだから?そんなの……僕には関係ない。僕は誰の下にも付く気は無いし、見下ろされるのだって許さない。それに群れるのは今も好きじゃない。まぁ、昔よりもずっと僕を楽しませてくれる存在になったことは認めてあげるけど────そんなことは兎も角。あの男がにメールしてるなら、待ってる可能性が高いな。今、深夜なんだけど、あの子よく無茶するし……と、そんなことを想いながら戸を開け、家の中へと入ったら。瞬間、僕の目には備え付けの靴箱に背中を預けて寝ているの姿が。何でこの子、こんな所で眠ってるの。まぁこれが1回目じゃないんだけど。でもだからって、
「ねぇ、起きなよ君」
「ふにゃっ!!」
とりあえず起こそうと思って、そう言いつつ両頬を2回ほど軽く叩けば、いきなりの衝撃に吃驚したんだろうか。は普段よりも高い音域でそんな声を上げて……ふにゃっ!!って、なんか猫みたいなんだけどこの子。ああ、でも実際を動物に例えるのなら猫だね。それもプライドの高い家猫じゃなくて、自由に歩き回ったりひなたぼっこしたりして幸せそうに過ごしてる野良猫そっくりだよ、本当────そんなことを思わず考えてしまっていると。目が覚めたのかは、今まで閉じていた瞼をパチパチさせたりひたすらにこすったりしながら、
「……あれ、恭弥?」
「うん。ただいま」
「あっ、お帰りなさい!」
まだ覚醒したばかりでか始めはぼんやりとしていたは、次第に自分の目の前に誰かが分かり、そしてそれが僕だと理解できた途端に顔一面に夏の、炎天下で華やかに咲き誇るひまわりに酷く似た笑顔を浮かべて、とても楽しそうにその迎えの定番の台詞を口にして────そんなに僕は、条件反射的に頬を緩ませ、少し抱き締めたい衝動に駆けられてしまいそうになった。けど、今は何とかそれを抑えて、
「で、何でこんなとこで寝てたの」
「いや、寝るつもりはなかったんだけど……」
僕の問いに対しそう苦笑しつつ言い返したかと想えば、どうしてだか今度はそわそわし始めて……何なんだろう、急に。僕、今「何でこんなとこで寝てたの」って訊いただけなんだけどな。そのことに何か言い出しにくいことでもあるの、この子。僕に告げるのには何か不都合なことがあるわけ?いや、無いと想うんだけど。もう長いこと一緒に居るんだし、隠したりすることなんて────そんな風に思考を割りと深い海の中へと浸していたら。やっと落ち着きを取り戻したらしいが、小さく1回深呼吸を己の身体に施してから、
「恭弥のこと、少しでも早く見れるかなぁって想って……」
正直に理由を述べていくのと綺麗に比例していくように、は自身の頬を赤く赤く染め上げて────ああ、本当にこの子はこういうところは変わらないよね。昔から……いや、昔って言っても僕らにはたかだか10年くらいの歴史しかないんだけど。まだ僕らが並中に居た頃、僕が風紀を乱す馬鹿な草食動物の群れを咬み殺して応接室に戻ってくるのを見計らい、少しぬるめのお茶を用意していたり。たまには驚かせようと(とは言え僕は1度だってが期待するような反応をとったことはないんだけど)ドアの前に立って待ってたりもしたっけ。そう、何時だっては一生懸命で。その部分はまるで光を失わない太陽のように、動かない石のように不変で……でもだからこそ僕はこの子を、を、
「っ、うあっ!!きょっ、恭弥!!」
「何」
「いや、何じゃなくて……!!」
突如として訪れた浮遊感に戸惑いを隠しきれないんだろう、横抱きにしてそのまま持ち上げたため現在は僕の腕の中に居るは、すっとんきょうな調子で抗議しようとして……でもその主張に応じたり、そもそも耳を傾ける気もなかったから、僕はただを抱き締めている力を強くした。そうしたら。そんな僕の行動の意図をちゃんと汲み取ってくれたのか、それを合図には口を閉じてもう抵抗せずされるがままになって────そう賢く大人しくなったに僕は少し微笑みつつ、そのままリビングへと運び、この間新調したばかりの革張りのソファの上にゆっくりと座る体勢にして降ろした。そうして、僕はそんなの目の前に跪いて、林檎みたいな頬の左側に、自分の右手を滑らして、
「ねぇ、」
「なぁに?」
「もう何年僕の傍に居るか知ってる?」
「え……んと、10年くらい」
質問の意図が1つとして見出せないんだろう、やや不安そうな表情でただ僕が尋ねたことのみを不明瞭な声色で答えていった。……その様子があまりに柔順さを帯びていたために僕はまた少し笑って、
「もうそろそろ、恋人やめようか」
「え、ちょ、あの、それって、」
もはや癖と名乗ってしまっても差し支えないだろう、何時もの笑みを口元に咲かせてそう告げるとは、僕がひっそりと頭の中で描いていたシナリオ通り、金魚か鯛よろしく口をぱくぱくさせて、顔はさっと色を失って……きっと「捨てられる!」とでも想ってるんだろう。────馬鹿だね、君は。さっき自分で10年くらいずっと一緒に居るって言ったばっかりだっただろ。なのに、今更僕がそんなことをすると危惧するなんて……するわけないでしょ。まさかまだ理解してないんだろうか。僕には君しか居ないってこと……そんなことが分からないなんて、
「んぁっ……」
「これから君を、僕の奥さんにしてあげる」
チュッとわざと軽いリップ音を鳴らして唇を放してから、僕は懐からつい数時間前に手に入れてきたものを────包装も何もされてないそのままの、シンプルだけど品のある指輪を取り出し、多分自分の置かれた状況だとかが把握出来てないんだろう、熱を保ったままの顔でぽかんとしているの、僕よりも小さくてでも心地良い体温を持っている左手をそっと手に取って、細い薬指にすっとはめて、
「僕と、結婚して」
────それから遅れて数秒後、益々赤くなった頬に柔らかく嬉しそうな色を滲ませて小さく「……はい」と応えたに、僕は1つキスを落とした。
(この先も続いて欲しいと願うから)2009.05.18◆Yui
Written By Dolls
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