きりーつ、れい。


その掛け声を合図に一気に教室が騒がしくなる。
長くてかったるい授業が終わってそれぞれが帰宅したり部活へ行ったりと動き回る。
俺もその流れに逆らうことなく荷物を鞄に詰め、帰宅の準備を進めていた。
「…ツナ。」
ツンツン、そんな交換音と共に肩をつつかれて振り向くとがいた。
俺の幼馴染で、大切な人。何があっても絶対に守ると誓った人。小さい頃の俺には出来なかったけど今ならできる、あのころとは違うと自信を持って言えるから。
「ん?どうかした?」
はすこしだけ眉を下げていかにも申し訳ないという顔をして両手を合わせた。
「私緑化委員で花壇の水やりがあるの。だから一緒に帰れない…。」
ごめんねというにポカンと口をあけて固まった。
幼馴染ということとか他にもいろいろ理由はあって俺とは登下校を共にしている。といっても獄寺君や山本も一緒なんだけど。
今日は獄寺君はダイナマイトを仕入れるとかで学校を休んでいて山本は部活。帰りは二人のはずだった。そしてまさか一緒に帰れない、それだけで謝られるなんて思ってもなかった。
「――――じゃあ、待つよ。」
「………え?」
今度はがポカンとする番だった。
「水やりが終わるまで待つ…ていうか一緒にやるよ。」
「え、でも悪いよ。」
「何言ってんだよ。昔は俺が待たせてたんだから同じだろ。」
小学生の時、宿題がなかなか終わらなくて何度もを待たせていた。恩返しっていうわけじゃないけど同じことを俺がしたっていいはずだ。
「昔―?あぁ!あったねそんなこと…懐かしいな。」
あのことの俺は本当に弱くて小さくて。に守られてばかりだった。
だけど今は。
すっかり伸びた身長、低くなった声。変わったということをに何気なくアピールしてるつもりなんだけど気付いてくれてるのかな?変なところで天然だから。
ま、とりあえず。
「じゃ、行こうか。」
差し出す掌が大きくなったことにまず気付いてくれれば、それでいい。






学校の花壇は校舎をぐるりと囲っていてなかなか大きい、そして立派だ。だから水やりはかなり大変だった。うん、やっぱり手伝ってよかった。こんなの一人だったら何時間もかかってしまう。
面倒くさいだろうと思っていたけど広い花壇にはいろんな種類の植物が植えられていて意外と楽しく水やりができた。は植物についてなぜか詳しくて時折これはね…といって説明してくれるのもやっぱり楽しかった。
「あ、エンドウ」
「ツナエンドウは知ってるんだ。」
「うん、昔母さんが庭に植えてた。」
「へぇ、奈々さん元気?」
「うん。ついでにランボとイーピンもね。」
「あはは、そっか。ツナの家は賑やかだったね。」
今度会いに行っていい?という質問に相手してあげてと頷いて見せた。ランボもイーピンも小学校に上がったけどあのやんちゃさ(とくにランボのウザさ)は相変わらずで手を焼いていた。そんな二人だったけどには懐いているみたいだからきっと喜ぶだろう。
「…エンドウ、か。」
「……?」
ぼんやりとエンドウを眺める彼女は無表情だった。
「さて沢田綱吉君に問題です!エンドウを使って遺伝の研究をした人は誰でしょう?」
「は。えぇ?!何いきなり!!」
の目は爛々と輝いていてというかなんでいきなり問題!?
「今日の生物の授業で習ったじゃない。復習だよ。」
「あー…えっと………」
確かに今日の3時間目は生物だった。遺伝…うん、なんかそんなことやった気がする。えっと、人の名前っぽいのは確か…。メ…メロンパン?違うそれは今日のお昼御飯だ。そうじゃなくて。えっと…確か、
「メンデル…?」
「おぉ!ピンポーン!!ツナすごい!!!」
「流石に今日の今日だからね…。」
ちょっと忘れかけてたけど。

「…メンデルさんはね、牧師さんなんだよ。」
如雨露で花壇に水をやりながら不意にがそう呟いた。
「え、牧師って教会の?」
「うん、そこにある花壇でエンドウを育てながら発見したんだって。」
へぇ、すごいな。素直にそう思った。牧師の仕事もしながら自分の研究もしていくんだから忙しかったに違いないのに。こうして現代にまで残る大発見をした人だからもっと偉大な人だと勝手に想像していたけどなんだか身近に感じられた。
「だけどね、メンデルさんの研究は認めてもらえなかったの。」
「………え。」
「ほら、地球が丸いっていうのもなかなか認めてもらえなかったって聞くでしょ?あれと同じで誰も信じてくれなかったの。」
「そんな…」
よくいえばそれほどすごい発見をしたってことだけどそんなの当の本人の知ったこっちゃない。だって彼は過去の人だから。
伝えられない想いほど悲しいものはない、きっとみんなに小馬鹿にされながら残りの人生を生きて逝ったんだ。
それは一言で表すなら、『絶望』――――――。
「でもね、メンデルさんが死んだ後に他の学者さんが調べてそれがあってることを証明したんだって。ちゃんと意志は引き継がれていたんだよ。」
それってすごいことだよね。そう言っては少し寂しそうに笑った。

「…生きている間だったら、もっとよかったのにね。」
死んでからじゃ、何もかも遅いんだよ。そういうの言葉には重みがあった。

伝えたいことがあっても、してあげたいことがあっても、死んでしまったら何もできない。それと同じように死んだ後にその人に何をしてあげたとしてもその人が救われるとは限らない。天国から見守ってるよとかそういう人もいるかもしれないけどそんなの俺だったら嬉しくない。やってくれるなら生きてるうちにやってくれよって思う。いや、実際メンデルさんがどう思ったかなんて知る由もないけど、だけど。
そしてふと気が考えた。どうしてはこんな話をしたんだろう。
幼い頃、病気にかかりアメリカに行って治療した。彼女だからこそ何か感じるものがあったのかもしれない。
アメリカ……外国の、知るひとなんて誰一人いないでも活気に溢れた土地。言葉も通じなくて言いたいことも言えなくて。ただ呆然として日々過ごしていいくしかない。形は違うけれど、これも一種の『絶望』というものなのかもしれない。
実際俺は体験したことないし、どういう状況だったかなんて想像することしかできない。だけどそれはすごく寂しいことに思えた。
そして今回の話。
そこでふと考えた。もしかしたら自分を重ねているのではないか、と。病気になってアメリカに行って治療して。辛い思いもたくさんしたはずなんだ。死ぬかもしれないって思ったこともあったのかもしれない。だけど俺はそれを知るはずもなくて、思い出しては心配だけしていた。
結果的にの病気は治ったし今こうして俺の傍にいる。だけどもしかしたらそれさえ叶わなかったのかもしれない。そう思うと背筋が凍った。
そうか。

『絶望』の味をは知っているんだ。



「―――――。」
カラン、そう音を立てて手から如雨露が滑り落ちたけど気にしなかった。
「わっ、ツナ?!どうしたの?」
ぎゅっと抱きしめると驚いたように声を上げた。返事はせずにそのまま強く抱きしめた。
。」
「うん?」
「…。」
「ツ、ナ?」
。」
何度も彼女の名を呼んだ。もう独りじゃないよと伝えたい、そう思っているつもりだったけどもしかしたら俺がビビっただけなのかもしれない。
少しだけ、体が震えた。あぁ、やっぱり細い。守らなきゃという思いがより一層強くなる。
だけど結局俺は弱いままだったのかも。昔よりは強くなってるとは思うけどのことを考えるとすごく怖くなる。ちゃんと守れるのか、不安で仕方がないんだ。


「…ツナは、変わったね。」

「……え?」
びっくりして聞き返した。
変わった?
それっていいこと?悪いこと?
「うん、変わった。…かっこよくなった。」
「っ?!」
思いもよらない言葉に再度驚くと同時に頬が紅潮するのがわかる。恥ずかしいからに見えないように顔を上に向けた。
「昔は私が守らなくちゃって思ってたのにな…いつの間にか守ってもらってる。」
強くなったね、そう言ってはほほ笑んだ。
その言葉に胸が暖かくなった。
ちゃんと、伝わってたんだ。
嬉しかった。
「俺…まだ弱いところもあるけど、だけど絶対にのこと守るから。ずっと傍にいる……。」
「絶望」なんてもう一生味わせないから。




「…すごい殺し文句。」
「………え?」
小さい声で何か呟いていたけど聞き取れなくて聞き返すと何でもないと言われた。


「私、生きてて良かった。…ありがとう、ツナ。」
それは、こっちの台詞だよ。











エンドウだけ


知っていた

(ちゃんと伝わってるよ、君の想い、君の気持ち)











「よし、じゃあさっさと終わらせて帰りますか!」
「うん、俺水入れ直してくる。」
「転ばないようにねー」
「こ、転ばないよっ!?って、うわぁ!」
「……あらら。」






















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目指せほのぼの!が、シリアスになって最後は甘甘になりました←
最後に格好付かないのはやっぱりツナだから。
言わずもがな生物の時間に思いついた話。メンデルさんは本当に偉大な方です。
でもこの話にメンデルさんの降りがいるのかと言われると……謎。
でもいれたかったからいいやって思ってます。

オリオンに続いて再度ツナ視点ですが…やっぱり難しい。
男の子って何考えてるんだろう。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

2009.12.15
改 2010.3.28