聞こえる歌声に耳を傾けた。
普段だったらうるさいとしか思わない他人の声も彼女の歌声ならとても心地よいものに変わる。
それが不思議でたまらなかった。
♪ ○ ♪
誰もいない屋上にそよ風が心地よく吹いて私の頬を撫でた。放課後なのに人があまりいないのはみんな家に帰ったからかクラブ活動中だからか、それとも。
彼が此処によく来ることを知っているからだろうか。
「…また来たの?」
呆れたように言ったけど彼は別に気にした風もなく平然とそこに立っていた。
「僕の勝手だろう?君にどうこう言われる筋合いはないよ。」
「そりゃそうだけどさー…。」
彼、雲雀恭弥はなぜか私が屋上にいる時に限ってやってくる。私だって気が向いた時にしか来ないのに。もしかしたら毎日来てるのかな?そう思うこともあったけど最初の方は来てなかったからそれはないと思う。一体何が目的で来るのかも分からないけど彼は特に何も話すことをせずに唯壁に寄りかかって眼を瞑っていた。
そんな様子に既に慣れてしまった私は気にすることなく口から音を滑らせた。
歌う曲はいつもと同じ、あの曲。
決して明るい曲ではない、だけど暗いという訳でもなくてどこかジンと心の染みるこの詩とメロディが好きだった。
「――、――――……」
決して大きな声じゃない。呟くように歌うけどきっと後ろにいる雲雀には聞こえてるんだろう。普通だったら恥ずかしいと思うのに雲雀は気にした風もなくそこにいるから私も気にする必要がなくて心が少し楽になる。夕焼けに染まる紅い空が私たち二人を染めた。本当に何か話すわけでもなくそこにいる雲雀は毎回私が歌い終わると去って行ってしまう。何を考えているのかさっぱり分からない。だけどそれが日常となっていた。
ずっと、信じてたの。
届くって、思ってた。
遠くが見渡せるこの場所から歌えば、あなたにも聞こえるんじゃないかって。
そう思っていたのは私一人だと気付かされた。
「――…―――…―――……――、」
微かに聞こえた歌声に眉を顰めた。
窓の外は雨が重力に逆らうことなくまっすぐに降り注いでいる。こんな日にまさか屋上になんていないだろう、そう思っていたのに聞こえた声は確かに彼女のもので。
見廻りしていた廊下を引き返して屋上への階段へと一歩足を踏み出した。
所々雨にかき消されて聞こえなくなるけどそれは確かに彼女の声で、いつもの曲だった。馬鹿じゃないの?こんな雨の日に。そう思いながらも屋上のドアを開くといつもの場所に彼女は立っていてぼんやりと空を見上げていた。
あの日、僕は一日中書類の整理に追われて疲れていた。だから少しだけ仮眠しようと思って風通しのいい屋上に行ったんだ。そして扉を開けた瞬間に聞こえてきた歌声。それを聞いた瞬間疲れが一気に吹き飛ぶのを感じた。
決して上手いわけではない。特別声が綺麗な訳でもない。これといって秀でた所なんてなかったのにその歌声は僕を掴んで離してはくれなかった。
彼女の剥き出しの心を現した歌に単純に感動したんだ。
それから放課後になると耳を澄まして彼女の歌に耽ることが多くなった。気まぐれなのか毎日いるわけでもなくて、だからこそ余計に聞きたいと思ってしまう。これがどういうことかなんて分からないし別に分かりたいとも思わない。ただ歌が聴けたらそれでよかった。
彼女の方も僕がいることに最初は驚いていたけど別段気にした様子もなく歌っていた。話すことだってほとんどなくてただ彼女は歌って僕はそれを聞く。それだけの関係。だけどそれでよかった。
どうしてか、今の彼女は初めて会った時と同じように見えた。あの日と違って覆われた雲によって薄暗くどんよりとした景色が広がっているのに。
いつもの場所に行くのではなく今日は彼女の傍へと歩みよる。扉を開けた時も決して静かではなかった(バンッって音が響いていたから寧ろうるさかったと思う)から気付いていないはずないのに彼女は振り返ることなく歌い続けた。
「…何してるの?」
そう言っても歌うことをやめなかった。その歌を聞いて少し違和感があった。いつもと同じ曲…なのにどこか違うように聞こえる。だけどそれがなぜなのか分からなかった。
直感でものを言うのは好きじゃない。だけどこれはどこか違う。根拠はないけど断定はできた。
「ねぇ、何してるのって聞いてるんだけど。」
僕を無視するなんていい度胸してる。少しイラついて彼女の肩をぐっと掴んだ。細い体はすっかり雨によって濡れて冷やされていた。それでも震え一つなく歌い続けていた。
「……うるさい。放っておいて。」
歌っている時は震えていなかった声が喋った瞬間震えたものに変わった。
「君みたいなのを放っておいたら風紀が乱れるからね。」
「そんなの知らない。お願いだからもう私に近づかないで。話しかけないで。」
「……」
「お願いだから…っ」
「……泣いてる馬鹿の“お願い”なんて聞いてあげないよ。」
「っ?!」
驚いたように彼女はこちらを見た。その眼は赤く腫れていてずっと泣いていたことが一目で分かった。
「…なにも、知らないくせに……。」
「…知る訳ないだろ。」
「…っ、う、……うぅ…」
顔を歪めて床に崩れるように座り込んだ。バシャリという音がして水が飛び散る。
雨がコンクリートにぶつかる音と彼女の泣き声だけが僕の耳を刺激した。
歌声が聞こえることはなかった。
「3ヶ月くらい前…彼が引っ越したの。」
どうしてこんなことになっているのか分からない。だけど気がつくと私は応接室にいて、頭にはタオルをかぶって手に温かい紅茶の入ったマグカップを持って座っていた。雲雀も自身の頭をタオルで拭いていて傍から見たら水も滴るいい男なのかもしれないけど生憎私には彼にそんな感情持ち合わせていなかった。
「遠恋なんて怖くないって思ってた。気持はちゃんと繋がってるって思ってたから。だけど偶に怖くなって…そういう日は屋上で彼が好きだった曲を歌ってた。」
そしたら雲雀が来たんだよ。最初はすごくびっくりしたけど…何も言わずに一緒にいてくれたことにすごく安心したのも確かだった。
私は唯一人が怖かった臆病者だ。
「だけど昨日…彼から向こうで彼女ができたって電話がきて。別れることになって……届くと思ってたのに結局私の想いなんて1ミリも届いてないんだって分かって…気付いたらあそこで歌ってた。」
無理やり笑ってそう言ったけどきっと笑えていなかったと思う。雲雀は黙って私を見ていた。感情のないようなその瞳に耐えきれなくて俯く。結局自分でも何をしたいのか分からなくて、届かないことを知ってもなお歌っていた。なんて未練がましいんだろう。
「それで…。君は僕にどうしてほしいの?」
驚いて顔を上げた。名前を知っていたことに驚いたのもあるけど、まさか天下の雲雀様からそんな言葉が出てくるなんて…明日はきっと雪が降る。
だけど雪が降ってもいい。ただ今は、
「…傍にいて…ほしい。他に何もなくていいから。」
一人で歌っていた時よりも雲雀が来るようになってからの方が安心できた。心が穏やかになった。そうだ、気付けば私は歌を届けるために屋上に行ったのではなく雲雀に会うために屋上に行っていたのかもしれない。そんな気がした。
明日からはちゃんと笑おう。雲雀にありがとうと言おう。遠く離れてしまった彼のためじゃなくて今度は自分のために歌を歌いたいと思った。
だからせめて今日だけは、明日から一人で生きていけるようになるためにも誰かに…雲雀に縋りついた。
涙は止まることを知らないまま白いタオルに模様をつけた。
++++++++++++++++++++
昔書いていたのを少し手直ししてみました。
いやぁ暗いですね…。
確か恋愛にはならない感じの話が書きたくて書いたお話です。
名前変換がなくて慌てて後で付け足した覚えもあります←
タイトルは書いているときにずっとリピートして聞いていた曲名をそのままつけてます。
ヒロインさんもこんな曲を歌っててほしいなぁと、そして何気雲雀視点でもいける感じの曲かなぁと。
では此処まで読んで下さりありがとうございました。
執筆:2009.11.27
修正:2010.7.18