ふぅと息をついて大きく深呼吸をする。
そうすればまるで自分が風を起こしたかのように遠くに見える木々がさわぁっと音をたてて揺れた。そんな景色を見て口元が弧を描いていく。なんだか今日はいことがる、そんな気がした。
「おーい、嬢ちゃん!」
真下から聞こえてきた声に視線を下に向けると、予想通りの人物がみえて、更に笑みを浮かべた。
今私がいるのは森の中で最も大きな木の頂上で、下から容易に見える場所ではない。流石はマフィアというべきか、それともただの慣れなのか。
そんなことを考えながら、勢いよく木から木へと飛び移り、固い地面に着地した。
「お見事!!」
拍手して出迎えてくれた男性―――ロマーリオさんは、ディーノのお父さんがやっているマフィアの部下らしい。
「ロマーリオさんも!よく私がいるところ分かったね!!」
別に意図して隠れている訳ではないけど、自分でもちょっと自覚してる通り私はいつも辺鄙なところにいる。ディーノがいる時はそんなことなかったんだけど今は彼がいないから。暇つぶしに色々なところを散策するのが日々の日課になっていた。
「まぁ30分探したけどな。前は2時間くらいかかってたから進歩だよな。」
嬢ちゃんのお蔭でな、そう言われて照れていいのか分からないけどとりあえずえへへと笑った。
ロマーリオさんがやってくるのは週に1,2回だから私がいるところはもちろん違うし(たまに同じ場所にいることもあるけど逆にそれがややこしいといわれた)探すのに苦労して当たり前なのだ。かといっていつ来るかわからないロマーリオさんを待つほど私に忍耐力はなくて、結局いつも面倒をかけてしまっている。
そのことについて以前「ごめんなさい」というと「いい修行になるぜ。ありがとな。」と言われてしまった。確かに日増しにロマーリオさんは私を探し出すのが上手になっているのかもしれない。
少しでも誰かの役に立てることが、今の私にはすごく新鮮で何かあるごとに一喜一憂していた。
「で、お手紙、来た??」
「あぁ、ほら、坊ちゃんからだ。」
そう、ロマーリオさんがわざわざこんな森の中に来て時間をかけて私を探しているのは、ディーノから届く手紙を持ってくるためだ。
しかも私は字が読めないため、手紙を見せながら読み方を教えてくれる。すごくいい人で、お父さんみたいだね!そういうと豪快に笑われてしまったことは、まだ記憶に新しい出来事だ。
「えーと、へ。元気にしてるか?俺は毎日死にそうな思いをしている。」
毎回手紙の初めは同じこの文章なのでもうすらすら読めるようになってしまった。最初貰った時は「死にそう」という言葉に大慌てだったけれど、今ではもう慣れっこになってしまった。
よく考えたら死にそうな人が手紙書ける訳ないしね。その後に続くのは毎回違う文章で、前の手紙の続きだったり、最近起きた出来事などが達筆な文字で綴られている。前の手紙に書いてあった単語なら読めるけど、やっぱり読めないものの方が多くて、私は何度もロマーリオさんに尋ねながらゆっくりと手紙を読み進めていった。
一時間くらいかかってようやく読み終わると、再び今度は自分一人で読み直す。
そんな私をロマーリオさんはいつも「勤勉だな、嬢ちゃんは」と穏やかに笑いながらのんびり待ってくれた。忙しくないはずなのに、紳士とは彼のような人のことを言うのではないかと思う。
手紙の内容はリボーンさん(ディーノの家庭教師でなんだかとにかく凄い人らしい。私も会ってみたいなぁ、ロマーリオさんみたいにきっと素敵なおじさまなんだろう)がどうだったとか、学校がどうだとか、終いには必ずちゃんとご飯食べているかなど母親みたいな事までも書いてあった。
そんな内容にいつも笑みをこぼしつつも読み進めることは決してやめない。そこに記されている文字一つ一つが私にとっては宝物そのもので、読むたびに嬉しさが倍増していくのだ。
もちろん今まで貰った手紙は全てあの木馬と共に大切にしまってある。それを毎日読みかえしてはまたは笑みを浮かべる。そんな日々だった。ディーノ出会うまで、こんな日々があることを誰が想像していただろう。
「よし、読んだ―!」
顔をあげてロマーリオさんを見ると、にっこり笑って頭をなでてくれた。
「よし!じゃあ返事書くか。」
「うん!」
ロマーリオさんにペンと紙を受け取ると、木の生い茂った場所から平地へと移動した。
そこはいつも返事をかく場所として利用していて、平地の真ん中には大きな切り株が一つあった。綺麗に平らに整えられたその切り株の上でディーノへの返事をかくことは日常化していて、私もロマーリオさんも迷うことなくそこにたどりついた。
「ディーノへ…」
ディーノから手紙をもらうまで、文字なんて書いたことなかった私だけど、ロマーリオさんに教えてもらいながら少しずつではあるけど書けるようになっていた。
ディーノみたいな滑らかな字ではなく、ガタガタしていて歪だけど…それでもこの方が私らしくていいのかもしれない。
文法とか単語とか、よく分からないところはロマーリオさんが一つ一つ丁寧に教えてくれた。それのお蔭なのか少しずつややこしい文章も書けるようになってきた最近の自分が少しだけ誇らしかった。
だけどやっぱりなれないことは確かで、書くことは読むことの倍以上の時間を有した。
下手したら1日で書き終わらない時もあって、そんな時は書けるところまで書いておいて後日空き時間を作って来てくれる(大体次の日のことが多いけどたまに違うこともあったかな?)ロマーリオさんに確認してもらっていた。
感謝してもしきれなくて、せめて言葉だけでもと「ありがとう」と告げると「嬢ちゃんのためなら喜んで」と返されてしまった。
うん、さすがイタリア男児。
最初に比べたら随分とミスも減ったもんだと少し自分で自画自賛したりしながら、黙々と手紙を書き続けた。
まぁディーノにはまだまだ追いつけない…そんなの、当たり前のことだし、分かっているんだけど。なんだか悲しくなってしまう。
きっとディーノは気にしないんだろうけど、私は彼に少しでも追いつきたいんだ。
マフィアの後継者として家柄のいい家に生まれてきた彼。
そしてマフィアに家庭を壊され何も持っていない私。
マフィアが嫌いではないと言ったらうそになるけど憎くて仕方がないという訳でもない。でも昔は憎くて仕方がなかった。
無一文で世の中に放り出されてどうしたらいいのかなんてわからなくて。こんな生活を強いらされたのは全て彼らのせいだから。
だけど、いくら恨んだって、憎んだって地球は回り続けて一日が過ぎていく。
そこでようやく気付いたのだ。大切なのは今と未来なのだと。
マフィアは好きじゃない、だけどディーノは好き。
私が知っているディーノはただの男の人で、ぶっちゃけいえばマフィアのディーノって想像がつかない。だけど彼が私よりも何十倍も高い場所にいるということだけは分かっているつもりだ。
だから…なるべく近くに行きたい。そう思って頑張ることはきっと無駄じゃないはずなんだ。
ディーノは私の世界を変えてくれた人だから。
髪も服も…沢山のものを与えてくれた。だけど私には何もしてあげられないし、あげることだってできない。でも、だけど、少しでも恩返しできるようなことがあったら、そのために全力を尽くしたいって思うんだ。
手紙を書くという行為が「恩返し」になるのかと言われたら頷くことはできない。だけど、これが今の私にできる精いっぱいのことだから。
「それにしても嬢ちゃん、こんな辺鄙なところにいなくても…うちのボスも屋敷につれてきていいって言ってるぜ?」
何時間か経って、ようやく手紙を書き終えた私を見てロマーリオさんはそう言った。
「うーん…でもディーノとここで待ってるって約束したから。」
このやり取りも何度もしたけど、私の考えは変わることはなかった。
ここで待つ、そのことに意義があるんだと思う。
「ははっ、坊ちゃんは想われてるな。」
「…ディーノも、かな?」
「ん?」
「……ディーノも私のこと…想って、くれてるの…かな?」
いつも、思うんだ。
こうやって楽しく嬉しく手紙を書いているのは私だけで、ディーノは面倒くさいと思いながら書いていたら…って。
夢で逢う彼はいつも笑っているのに、それが本当かどうかは分からなくて、ただ不安だけが積みあがっていく。
「…じゃあ、手紙にこう書いたらどうだい?」
そういって別の紙にすらすらと文字を書いていくロマーリオさん。
「…これ、どういう意味?」
「さぁ?それは帰ってきた坊ちゃんに聞くんだな。」
そう言われて数秒悩んだけど、私は再びペンをとった。
Un Lettera
「なっ?!」
「どーしたダメディーノ」
「な、何でもねぇ!!て、その呼び方やめろよ!!!」
「(ニッ)例の手紙か。見せてみろ。」
「わ、リ、リボーン!!やめろよ!!!っで!」
「ふむふむ…へなちょこのくせにやるじゃねェか。」
「へなちょこ言うな―――!!」
「ならさっさと修行に励むんだな。ほら、行くぞ。」
「なっ!?いーや―だ――――!!へぶっ!」
「ったく…本当に使用がない奴だな…」
机の上は泥棒が入ったのかというほどに散乱していて、そこにはあるのは主に手紙の山と、薄汚れた木馬だった。
それを見ながらリボーンは小さく笑みを浮かべた。
彼が未来の跳馬夫人に再開するのはもう少しだけ、もう少しだけ先のお話。
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ロマーリオさんがいった言葉は皆様の想像にお任せします。
ディーノを出さないことを目標にしたけど、それだとロマーリオさん夢になっちゃうので最後に少しだけ出しました。
ヒロイン奮闘の巻。
なんだか続きそうだけど今のところ続きは考えていないです。
ここまで読んで下さりありがとうございました。
2010.8.8