
「並盛中学風紀委員のだな。」
見回りの途中そう後ろから声をかけられ振り向くと自分よりも頭2つ分大きい男が数人立っていた。
「そうですけど…何か?」
そう言った瞬間、男の口元が弧を描く。
あぁ、またか。
そう思って内心ため息をついた。こんなことが日常茶飯事になってしまうなんて、入学した時は思いもしなかった。
だけど、彼に必要とされるならそんな日常でもかまわないと思い始めたのはいったいいつからだっただろう。
「失礼します、です。」
「…入っていいよ。」
その言葉をもらうと同時に扉を開けて応接室の中に入った。いつもと変わらないその部屋とその主にどこか安堵してしまう。
「見回り終了しましたので報告に参りました。」
「うん、どうだった。」
「ガラの悪い高校生が数人いましたがそれ以外は特に…」
そこまで言った時、ガタンと音がして言葉が途切れた。
何事かと思ったらさっきまで椅子に座って書類をこなしていた雲雀さんが何故か目の前にいた。
あぁ、こんな僅かな時間で数m移動してきたのか。やっぱり雲雀さんはすごい人だ、尊敬すべき人だ。ぼんやり頭の中でそう思った。
先ほどの男たちよりも小さいけれど、私よりも背の高い雲雀さんを見上げるようにしてみた顔は、ムッツリしていて…いかにも機嫌が悪そうだ。
何となく嫌な気がした。
雲雀さんはグイっと私の腕をつかむと何の躊躇いもなく袖をめくった。そこでやっと私は彼の意図にたどりつく。
捲られて露わとなった私の腕には包帯が巻かれていた。
「…何回目?これ。」
「……。」
いつも思うのだけどどうしてばれてしまうのだろう。
治療だってそんなに下手な訳ではない、逆にうまい方だと自負している。それに怪我をする所だって毎回同じではないのに雲雀さんはいつだって的確に怪我の個所を当てていた。昔から怪我をよくしていた私にとってこんなのかすり傷以外何物でもなくて、普段の生活に影響は出ない。つまり痛い素振りなんて一つも見せていないのに。
「毎回いいますけど…本当に大したことないんです。」
「そういう問題じゃないでしょ。」
「いいえ、風紀委員の仕事に支障をきたすことはありません。」
「……君は分かってないよ。」
「何が…ですか?ちゃんと風紀のためにやっているつもりですが。」
「そうじゃない。」
「え……。」
「……もういい。」
ため息をつきながら、雲雀さんは応接室を出ていった。
取り残された私はどうする訳でもなくただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
私の父はそこそこ大きな空手道場を経営している。
その影響で小さいころから空手を習っていた私は自分よりも大きい男だって軽く投げ飛ばせる。そのお蔭でこうやって風紀委員の仕事も他の人と同じようにできるし何よりも雲雀さんの役に立てている。
空手の修行は決して楽なものではなかったし「もうやりたくない」って泣き喚くことだって何度もあった。だけど今はこの力があることをとても感謝している。ありがとうお父さん。
だって、だから今日もその前も不良たちをやっつけることができた。だけどそんな私を見ても雲雀さんは褒めることは一度もなくて、顔をしかめるばかり。
どうしてなんだろう、何がいけないんだろう。
ただ雲雀さん、あなたの役に立ちたい。それだけなのに。
さっきの雲雀さんの言葉は私に闘うなというように聞こえる。
どうしてそんなことを言うのだろう。
戦わないと、強くないと…貴方の傍にはいられないのに。
入学した直後、私は並盛中の不良軍団に囲まれたことがある。
なんで囲まれたのか理由はもう覚えてないけど、とにかく数が多くて流石に一人じゃ対処できそうになかった。
そんな時に助けてくれたのが雲雀さんでそこから私は風紀委員に入ることを決めたのだ。
最初はただの憧れだった。あの人のように強くなりたい。そう思っていた。
のに。
いつからだろう、それが別の気持ちになったのは。
気付かない間にそれは尊敬や憧れとは違う……恋、になっていた。
だけどそれに気づいたからってどうにかできる訳ではない。相手は我らが風紀委員のトップ、雲雀恭弥だ。
一人でいることを好み、弱者には興味を持たない―― 一匹狼。
想うだけ無駄な相手に恋をしてしまった私はなんて愚か者なんだろう。
でも、だから、せめて―――傍にいたいんです。
この想いを告げようとかそんなおこがましいことは思ってなくて、ただ近くにいられるならそれでいい。
それだけで十分に心は満たされるから。
「…っ……」
ぽろぽろと目から涙が零れ落ちた。
『……もういい。』
先ほどの言葉を胸の中で反芻した。
雲雀さんは私のこと、いらなくなっちゃったのかな?
所詮女だし数人なら倒せても大勢は無理、だから使えないって思われたのかな?
毎回帰ってくるごとに怪我なんてしてるからいけないのかな?
もっともっと修行してだれにも負けないくらい強くならないと、駄目ですか?
聞きたいことはたくさんあるのにそれを聞く勇気もないし、そもそも本人は此処にいない。
ぐいっと流れ落ちる涙を拭って前を向く。窓から夕焼けが差し込んでいた。日は沈んでもうすぐ夜になるだろう。
泣いたって何も解決しない。諦めることなんて、絶対したくないから。
毎日日は昇り、そして時間を経て沈んでゆく。だけど私の中にある太陽はいつまでも昇らず、永遠の夜を彷徨っている。
今の私ではその夜から抜け出せない。
ならどうやったら抜け出せる?もっと強くなったら朝日は昇ってくる?分からない。
だけど父さんに稽古をつけて貰おう。父さんの稽古は厳しいからまた怪我をしてしまうかもしれない。
そしたらまた雲雀さんに呆れられちゃうかな?
でも貴方のためなら私なんだってできる、今はそう思えるんです。
いつになったら見られるのか分からない。
だけど朝日を拝むことができる日まで、私は走り続けるんだ。
昇らぬ太陽
(あなたを想えば想うほど、遠ざかっていくばかりで)
+++++++++++++++++++++
過去に書いていたものを修正してみました。
空回り少女。必死さが伝わればいいなと。
両思いのはずなんだけどすれ違う二人が書きたかったのです。
雲雀さんの誕生日なのに暗いお話ですみません…。
此処まで読んでくださりありがとうございました。
2011.5.5