ずっしりとした感触が手に伝わる。
ちょっと待ってください本当にそう叫びたかった。
林檎
応接室に入るとそこは抜けの殻だった。珍しいなと思ったけどすぐにきっと咬み殺しに行ってるんだろうなと納得した。
「さて…うん。どうしようコレ……。」
手にあるのはリンゴ。さっき草壁さんから頂いたものだ。委員長に渡したいんだが俺が渡すよりもが渡した方が委員長もお喜びになるだろう幸運を祈る。有無を言わさずに私の手にそれを押し付けて去っていった草壁さんを少しだけ恨んでもいいですか?
料理はそれなりにできる…つもりだ。おむすび作れるし。大体のものは作れるんだけど…。問題は、切る方だったりする。一人暮らしを始めて結構というかかなり経つくせに包丁がまるで使えないのだ。そりゃ持つことはできるけど…切るというものを通り越してなんというか…とにかくすさまじいことになる。怪我をしたことだって数え切れないほどだ。むしろあれはあれで才能だと思う。うん、寧ろ芸術的だよ。それくらいすごい。
リンゴってやっぱり切るべき食べ物だよね…?丸かじりする人もいるけど雲雀さんは…しない、よね。ため息をついた。無理やりとはいえせっかく草壁さんがくれたんだ。やれるだけのことをやってみよう。私は調理室へと足を向けた。
「…む、むむむ……」
只今包丁とボールを借りてきて応接室でリンゴと格闘中。本当はそのまま調理室でやりたかったんだけど部活生もいたしなにより雲雀さんが帰って来た時に部屋にいなかったら怒られるから。
数十分という時間をかけてやっと4分の1むき終わった(というか切り刻み終わった)リンゴは既にガタガタ。ところどころ茶色くなっていて苦労の色がありありと見えるけどこれを雲雀さんが食べてくれるからは謎のままだ。
そんなとき、ガチャリとドアが開いてぎくりと私は肩を揺らした。お、おいでなすった…!!!
「…何してるの?」
「あ、はははは…。」
無残な姿のりんごと私を交互に見て雲雀さんは呆れたような声で言った。とりあえず笑って誤魔化そうとしたけど(何を?って聞かれても困るけど)虚しく、再び何してるのと同じように聞かれる始末だった。
「草壁さんからリンゴを頂いたので雲雀さんと一緒に食べようと…」
その続きは言えなかった。目の前には私のせいであららな姿になってしまったリンゴさん。こんなの雲雀さんが食べる訳ないのに何言ってるんだろう私は。そもそもなんで皮を向こうなんて思ったんだろう。そのまま机の上に置いていた方が断然見栄えがするのに。
黙り込んでしまった私をしばらく見ていた雲雀さんは私の隣に腰を下ろした。
お、怒られるよねやっぱ。食べ物を粗末にして…もしかしたらトンファーで殴られるかな?嫌だな、あれ痛そうだし…。ぐるぐると悪いことばかり頭を支配して雲雀さんに手を触れられ思わず肩が跳ねてしまった。
「何怯えてるの?」
「…すいません。」
「いいから早く貸して。」
「………え?」
びっくりして雲雀さんの顔を見るけどその顔に怒りの表情は全くない(呆れの表情はあるけど)雲雀さん…怒ってない?というか雲雀さん今貸してっていったけど何を?私が今手に持ってるのはガタガタのリンゴと果物ナイフ。もしかして…これのこと?
「何固まってるの。」
そして雲雀さんは当然のように私の手からその両方をもぎ取って器用な手つきでリンゴを剥き始めた。え、あの雲雀さんが?!
「え、えぇぇえ!雲雀さん料理とかできるんですか?!」
「こんなの料理のうちに入らないけどね。まあある程度のことはできるよ。」
「す…すごいですね。」
「それに引き換えは一人暮らしなのにこんなのもできないんだね。」
「なっ?!違います!!切る系以外のなら全然できるんですよ!本当ですから!!!」
必死にフォローするけど雲雀さんは返事をすることなくするするとリンゴをむいていた。
「じゃあ今度何か作ってよ。」
しばらく経った後雲雀さんはポツリとそう呟いた。
「え…?何かって、なんですか。」
「食べれる物。」
これはまるで私が向いたリンゴ=食べれないみたいじゃないか。このままで終わらせたらダメだ!名誉挽回しなくちゃ!!
「分かりました!任せてください!!あ、何かリクエストありますか?」
「……ハンバーグ。」
「……………へ?」
「ハンバーグが食べたい。」
予想外…雲雀さんってハンバーグ好きなんだ。何だか…かわいい、かも。思わずにやけてしまいそうな口を内心慌ててムの字にした。
「分かりました!今度作ってきますね!」
それにハンバーグなら微塵切りだし最悪ミキサーでもできる。つまり包丁いらないから大丈夫!(多分)
いつ作ろうかな、今日帰って作って明日持ってこようかそれとももう少し後にしようか、そんなことを考えていたら、
「むぐっ」
口に何か入る感触にびっくりすると雲雀さんが私の口にリンゴを入れていた。
「にょにすひゅんへひゅひゃ。」
リンゴを突っ込まれたまま話したら上手く喋れなかったけどちゃんと雲雀さんには伝わったみたいで少し安心した。あ、ちなみに「何するんですか」って言ったつもり。
「剥けたから。」
だからって私の口に押し込まなくても。
私がもぐもぐそれを食べている横で雲雀さんもしゃりっとかじって食べていた。
「食べ終わったら仕事してね。」
「はい。」
「あとハンバーグ。」
「?」
「明日がいい。」
「明日…ですか?」
「うん。」
「はい!分かりました。」
たぶん気分なんだろうけど私としても忘れないうちの方がいいから問題なかった。
「おいしくなかったら咬み殺すから。」
その一言を聞いた瞬間ぐっと喉にリンゴが詰まるかと思った。
今日は徹夜かもしれない…。
2009.8.25
連載ヒロイン…?を最初意識してたけどだんだんずれてきたので微妙なところ。