はぁはぁと息が切れる。それでも俺は走り続けた。
もう嫌だ、こりごりだ。あんな家!!!
毎日毎日聞かされる『お前はボスになる男なんだからもっとしっかりしなさい』という言葉、誰がボスになりたいんて言った?!しかもマフィアなんかの!!
「っ……はー……」
屋敷の敷地から離れて数キロのところでようやく足をとめた。見渡す限り木ばかりのこの森の中なら、そう簡単に見つかることはないだろう。
何で俺はマフィアの家に生れて来たんだ…街の人たちが羨ましかった。あんな風に暮らせたらもっと幸せだったのに。
「っくそ。」
イライラしながら近くにあった木を殴った。途端に手に痛みを感じて殴ったことを後悔する。痛いのは大嫌いだ。
その時、今の振動のせいか、ポケットからなにかぽとりと転げ落ちた。ドサリと音を立てて木の葉の上に腰を下ろしたモノに目を向けるとそれは汚れの目立つ、小さな木馬だった。
あぁそうだ。今日部屋の掃除をしている時に、ベッドの下から出てきたんだ。懐かしいと眺めていると親父がやって来て色々言ってくるもんだからそのまま喧嘩になって屋敷を飛び出した。気付かないうちにポケットに突っこんでいたそれを持ち上げようとして…やめた。
懐かしいとは思ったけどボロイし、もう要らない。丁度いいしここに捨てていこう。木だし、いい感じに自然に還る気がするから。
そんなことを考えながらそこを後しようと歩きだす。行き先は決まっていない。どうせ結局帰る場所はあの屋敷しかないんだと思うと気が重くなった。
「これ、いらないの…?」
か細いその声に驚いて肩を揺らしながら振り向いた。
さっきまで俺がたっていた場所に少女が立っていた。長い茶色い髪は梳いた形跡がなく所々ほつれている。身体の至る所に擦り傷や埃が付いていて黒ずんでいた。でも何よりも印象的だったのは、棒切れのように細い手足とその細さに不似合いなほど大きいまん丸の目だった。
「ねぇ、いらないんだったら貰ってもいい?」
彼女は俺が落とした木馬を拾うとじっと俺の方に視線を向けた。
「あ、あぁ…いいけど。」
戸惑いながらもそう返事をするとパァッと華が咲いたかのように彼女は笑った。
「本当に?ありがとう!!!」
すごく、本当にすごくうれしそうに笑うものだから首をかしげたくなる。木馬で喜ぶのなんて、5歳とかそんなもんだろ?細い体つきだけどそんなに幼いようには見えなかった。多分俺と同じくらいか、少し下だと思う。
「…そんなにうれしいのか?」
疑問はいつの間にか音となって口から洩れていた。
「うん!小さいころからずっと欲しかったの。」
ありがとうと言いながら両手で木馬を掲げた少女はやはりにこにこと笑っていて、何がどう嬉しいのか、何でそんなモノが欲しいのか、考えてみたけどやっぱり俺にはさっぱり理解できなかった。
「宝物にするね!!」
「…あ、あぁ。」
理解できないまま、その笑顔に圧されて戸惑いながらも頷いた。
翌日、同じ場所に行っても彼女はいなかった。
どうしてなのかよく分からないけど昨日別れてからずっと彼女のことが忘れられなくて、ずっと彼女のことを考えている始末。おかげで食事中ボーとしていて服の上にスープをこぼしてしまった。
別に何かこれと言って用事がある訳ではない。ただもう一度会いたかった。けれど360度くるりと回ってみても彼女を見つけることは出来なかった。そりゃそうか、いつもこんな場所にいる訳ない。きっと今日は家の中でのんびり過ごしているんだろう。だけどなんだか納まりがきかなくて俺は周辺を散歩して見ることにした。けれどいくら歩いても景色は変わることなく相変わらずあるのは木木木…段々と詰まらなくなって帰ろうかな、そう思った時だった。
「あ、昨日の人だ!」
上の方から声がすることに驚きながらも顔を上げると、木の上に昨日の少女がいた。
「おま、何でそんなところにいるんだよ!!!」
ビックリしすぎて声が上ずったが少女はそんなこと気にすることなく慣れた手つきで木を滑り降りると、俺の前で着地してにっこり笑った。
「だってここ、私の家だもん!」
「………は?」
家、って…ただの木じゃねぇか。
からかわれているのかと思ったけどそういう風でもない彼女の様子に目を白黒させた。どうやら本気…らしい。
「家って…一人なのか?」
「うん!」
「親父とかはいないのかよ。」
「うん、いないよ。」
にっこり笑ったままそういうもんだから余計に訳が分からなくなる。
「だって、死んじゃったもん。」
どうして彼女が笑っていられるのか、考えるよりも先に愕然とした。
彼女から聞いた話を要約すると、彼女は数年前にマフィアの抗争に巻き込まれて両親が死んでしまったらしい。別段裕福でもなかった彼女は家を売り払って遣り繰りしていたものの子どもが働ける場所なんてある訳もなくお金はすぐに無くなってしまった。だからこの森を住処として暮らしているらしい。
「ここにはね、木の実やキノコがあるから食べ物に困らないし木陰で休めるからすごくいいところなんだよ!」
「…悲しく、ないのか?」
ちらりと覗き見た彼女はやっぱり笑っていた。両親もいなくなって、たった一人で生きてきた。俺なら無理だ、絶対どこかで野垂れ死んでいる…。
「…悲しんだら、明日を生きられるの?」
呟くようにそう言った。
「私がどんな気持ちでいようとも、同じように太陽は昇ってくる。…だったら、笑って過ごす方が素敵でしょ?」
俺は、何も言い返すことができなかった。
彼女のいっていることに間違いは一つもない。でもそういうことを言っているんじゃないと思いながらもそれを口に出すことはできなかった。
マフィアの家系としてのうのうと裕福に育ってきた俺が彼女に言えることなんて一つもないんだと気付いてしまったから。
それから俺は毎日彼女のもとに足を運んだ。
やっぱりこれと言って用事はなくてただ何となくで会いに行くのにそれでも彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。偶に屋敷に置いてあったお菓子や、華を持っていくと目を輝かせて喜んだ。これは何?そう聞かれて答えられなかったのは最初のうちだけで、その内事前に調べてから行くようになったため俺はまるで博識な博士のように扱われた。小遣いを貯めて洋服を買ったこともあった。高いのは買えなくてほどほどの洋服だったけどそれでも満面の笑みで喜んだ。何をあげても彼女は喜んだがそれでも最後に言うのは毎回同じ台詞だった。
「でもね、やっぱり一番大切なものはこれなんだ!!」
そういって傷だらけの木馬を両手で握りしめていた。
「!!」
それが彼女の名前だと知ったのはずっと前。出会ってからもう何年も過ぎていた。それでも俺は毎日通い続け毎日彼女と話をした。
「ディーノ?今日は早いのね。」
そう言いながらも嬉しそうに笑ってくれた。
昔は棒のように細く、薄汚かった彼女の姿はここ数年で見違えるほど変わっていた。枝毛ばかりだった髪は胸元辺りまでと短くなりまっすぐに伸びていた。棒のような手足には心持ちだが肉がついて身体自体も女のものになっていた。
容姿だけじゃない。彼女のほほ笑みは出会ったころと大分変っていた。昔はただのにっこり笑顔だったのに今では笑顔の種類が大幅に増えている。そういうと「それはきっとディーノのお蔭だね。」なんていうからそのたびに俺の顔は真っ赤に染まっていた。
ただ今日は、そんなのんびりした空気じゃなくてどこか張りつめた空気を持っていた。原因は…俺だ。
「…?ディーノ?どうかしたの?」
いつまでも黙ったまま動かない俺を不思議そうには見ていた。我慢しきれなくての腕を掴むとそのまま引き寄せて力一杯引きよせた。驚いたように声を漏らしていたけどそれを気にするほどの余裕は俺にはなかった。
「…やっぱ、嫌だ……」
「…何、が?」
は恐る恐るという様に俺の服をきゅっと握りしめた。
「遠くに行かなくちゃ、いけないんだ……」
それは突然の決定事項だった。
親父の独断で俺は島から遠く離れた学校(しかもガラが悪いで有名な)に通うことになってしまった。
「俺は…ずっとここにいたいのに!!!」
マフィアなんてなりたくない、昔もそう思っていたけど今はさらにその思いが強かった。
を傷つけたものになんてなりたくなかった。
「…私は、平気だよ?」
俺を安心させるようには笑った。それが無理矢理の笑顔だって、今ではすぐに分かってしまう。
「嘘つけ」
「でも、仕方がないことだから。それに、ディーノはディーノ、でしょ?どんなところに行ったって変わらないよ。」
「そうだけど…」
はこういうことをどこか割り切っているところがある。過去の出来事から考えれば仕方がないのかもしれないけど…でも俺はそんなに器用じゃないんだよ。
「大丈夫、待ってるから。」
「……こんな広い森に、たった独り…だぞ?」
「そうだね、……少し、寂しいかもしれない。」
当たり前だ、何年もずっと一緒に過ごして来たんだから。俺だって…寂しくてたまらない。
「でも、ディーノはまた来てくれるんでしょう?」
「あ、当たり前だろ!?」
「うん、だから私は…待ってるよ。」
「……」
「だから、ね…」
ぎゅっと、が再度強く俺の服を掴む。
「今だけは……泣いても、いいかなぁ…?」
抑えきれずに涙を溢しながら顔をゆがめていった。
のどが震えて、上手く言葉が出てこなくて、俺はただ力強く頷いた。
が泣いたのを見るのは、これが初めてだった。
Un Tesoro
(本当はね、一番の宝物は君なんだ)
「これ……」
「随分古くなってたから、新しいの買ったんだ。…嫌?」
「ううん!すごくうれしい…宝物、にするね。」
「…古いのはもういいのか?」
「うーん、どっちも大切だけど…あ、じゃあこっちはディーノが持ってて!」
「はっ!?」
「私は新しいの持ってるから。」
「でも、いいのか?」
「ううん、よくない。」
「はぁ?意味分かんねーぞ。」
「だから、返しに来て。」
「……!」
「ずっと、ここにいる。待ってる…から。」
「……分かった。」
初めて触れた唇は涙の味がした。
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初ディーノ夢はマセガキディーノでした←
イメージ音楽は川.嶋.あ.いの「カ.ケ.ラ」です。というかこれを聞いて思いついた話。
最初は死ネタだったんですがそれではあまりにも理不尽だったので急遽甘くなりました。
価値観の差について書きたかったのですがうまく伝わったか心配。
伝わってたらガッツポーズです。
あ、あとUn tesoroはイタリア語で「宝物」という意味らしいです。翻訳機能万歳←
ここまで読んで下さりありがとうございました。
2010.5.23