他人と一緒にいることがどういうことなのか、よく分からなかった。
小さいころから一人で学校に行き、殆んど誰かと話をすることもなくそのまま授業を終え、そして帰宅する。それが私にとっての日常で、誰かと話をすることは日常を非日常へと変化させた。といっても大した話はせず、明日までの宿題は何だとか、業務連絡だけだけど。
「今日は草食動物と群れたりしなかった?」
毎夕食、そういうのが兄さんの癖だった。
「うん。」
私も決まって二文字、そう返した。
そんな変わり映えのない日々がずっと続いて行くんだと、そう思っていた。
あの日、までは…
「お前、雲雀っつーらしいなぁ。」
中学生になってしばらくしたころのことだった。声をかけてきた人はサングラスをかけていてワックスか何かで髪の毛をツンツンに固めた金髪…例えるならニワトリのトサカ、まぁそんな感じの人たちだった。驚いたのが一人ではなく全員がその髪型だということで、一瞬何かの宗教団体かと思ってしまった。草壁先輩たちのリーゼント集団を最初に見た時も驚いたけど、こういう人たちには何かポリシー的なものがあるのだろうか?(ちなみに草壁先輩には「男のロマンだ」といわれた)
ぼんやりと考え事をしていた私に苛立ったのか、トサカ軍団のボス的存在の人(他の人の2,3倍あるトサカだからたぶん間違いないと思う…)に胸ぐらを掴まれた。
「おい、聞いてんのか?!あぁ?!」
「そんな近くで叫ばないでください。耳が痛いです。後制服がしわになるのでやめてください。」
落ち着いた声でそういうと相手は更にむかついたらしく、殴ろうと拳を持ち上げ、だけど何とか抑えようとプルプル腕を震わせながら元の所に下した。
「……もう一度言う。お前は雲雀だな?」
ここで違いますといったらどうなるのだろう。どちらにしてもあまりいい結果にはならないような気がして、ふぅと息を吐いてから頷いた。
「っはは!!そりゃいいぜ!これで日頃の恨みが晴らせるんだからな!!!!」
狂喜した目が私をマジマジと見る。そして先ほど下げた手を再び振り上げて、今度は容赦なく私の方へふりおろして来た。
兄さんが私に群れるなと言うのには、まぁただ単に自身が群れが嫌いだから、という理由もあるけれど、私のことを考えてということもある。並盛に住んでいて、兄さんのことを知らない人はまずいない。しかもそれはあまりいい意味と言う訳でもなくて。そんな兄さんだから、今回のような事態が起こることは仕方がないことで、私自身も必要最低限身を守る術を身につけている(というか必然的に身につく環境にいた)
けれど他の人はそうはいかない。
こんなよく狙われる奴と一緒にいたいと思う人間なんて、誰もいない。
そのことによって私が傷ついてしまう前に、いっそのことそうならない状況にすればいいというのが兄の考え、と私は思っている。妹に迷惑をかけていると分かっておきながら自分は群れをなぎ倒すことをやめないなんていい迷惑だ。そう思う人もいるかもしれないけど、私は別にそうは思わない。
私のせいで兄に変な無理はしてほしくないし、何よりも自分が思うように生きてほしい。兄は私に沢山のものを与えてくれた。目に見えるものだけではなくて、戦う力とか勉強とか、本当に色々なことを教えてくれた。働き詰めの両親に代わって面倒を見てくれたこと(嫌々な時もあったけど)に感謝しているのだ。だから恩返し、という訳ではないけれど、兄のために何かしたいと思うことは当然で、だけど私ができることなんてほとんどない。だからせめて、兄が自分の思うままに生活できるようにしていきたいと思った。
そう、これは誰かに強制されたことではない、自分自身で決めたことなんだ。
迫ってきた拳を右に避けて、左足で男に蹴りをくらわせた。男に襲われた時にはソコを狙えと兄に教わった場所を的確に。
悲痛な悲鳴をあげながら倒れこむ男を見て、残りの男たちが怒り狂う…はず、だった。
「うわっ……痛そうだな……。」
そう声を発したのは今までこの空間にいなかった青年だった。
制服から同じ並中生ということは分かるけど、他人と関わりを持たない私には彼が誰であるかは勿論、先輩なのか同い年なのかもわからなかった。
ただ、分かることと言えば、この男が強いということだった。
……先ほどまで私を取り囲んでいた男たちを一瞬で召してしまうほどに。
「平気か?」
「…誰?」
質問に答えることはせずに、質問返しをしたのに男は嫌な顔一つ見せることもしなかった。それどころか、にぱっと笑顔を浮かべていた。
「俺は二年の山本武。お前はあれだろ?ヒバリの妹の…」
「……雲雀。」
「そう、それな!」
よろしくなと差し出された手をとることはしなかった。わざとという訳ではなくて、こんな状況初めてでどうすればいいのか分からかったから、正直動揺していた。
そして気が付けばじっと山本…先輩を見ていた。肩には丁度バッドが入る大きさの袋がかけられていて、野球部なんだと軽く想像がつく。短く切られた黒髪はどこか爽やかさを感じさせた。
「どうした?じっとこっち見て。」
ハッとした。何で私はこんなに先輩を観察しているんだろう。どうせもう会うこともないのに。
プイっと明後日の方向を見ると怒るどころか逆にハハハ、という笑い声が聞こえてきた。
「なんだかって猫みてぇだな。」
クシャリと頭をなでられたことに、ビックリして山本先輩を再び凝視するとやはりにぱっとした笑顔を浮かべられた。しかもそれが先ほどよりも近くだったから、無意識に顔の温度が上昇していく。
「な、名前……」
言いたいことは沢山あるはずなのに、経験不足だからなのか上手く言葉にできない。今まで他人とこんなに関わったことなんてないし、ましては頭をなでられたことなんてある訳がない。トクントクンと脈打つ心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「ん?あぁ、だってヒバリだと兄ちゃんの方とかぶんだろ?だから!…駄目だったか?」
「……だ、だめじゃ、なくない。」
「ん?それって結局…どっちだ?」
「わ、悪くないことなくない!!」
パニック状態の頭は上手く動いてくれなくて、むしろもう爆発寸前だ。
どうなってるの、私?!
「ハハハ、そういうときは、『いいよ』っていうんだぜ…。」
頭に置かれていた手が離れて山本先輩はじゃあ気をつけて帰れよその手を横に振った。
「あ、や、山本先輩!!」
「ん?」
「あ、ありがとうございました……!」
一瞬驚いた顔をした先輩は、すぐにあの笑顔を見せてくれた。
どうしてなのか、先輩なら一緒にいても大丈夫だと思える自分がいた。
小さく、「また会いたいな」そう呟いた。
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兄の過保護によって、超純情に育ったヒロインのお話。
お付き合いいただけると嬉しいです。
2012.1.5